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日本酒・男山 北の稲穂 大吟醸

Otokoyama02 今回は日本酒の「男山 北の稲穂 大吟醸」を飲みました。このお酒は北海道の旭川市にある男山株式会社(この記事では便宜上【男山酒造】とします)のものです。実は私、この酒造が旭川市にあることを知って驚きました。と言うのも「男山」という銘柄が、まさか北海道のお酒とは知らなかったからです。そこでこの酒造について調べてみました。  すると興味ある事実が・・・【男山酒造】は1887年(明治年)に山崎酒造として旭川市で創業。その後1968年に男山株式会社に名称変更し現在に至ってます。しかしこの「男山」という銘柄のルーツは江戸時代にあることがわかりました。                江戸時代の1661年(寛文元年)、五摂家の筆頭で伊丹(現大阪府伊丹市)の領主であった近衛家が、清酒の醸造を奨励したことから、摂津伊丹の山本氏が酒造りをはじめ、その後山本三右衛門が男山八幡宮の名前をとり、「男山」という銘柄を発売したのが始まりだとか。当時は【木綿屋山本本家】の屋号をOtokoyama01 なのり、清酒が珍しかった江戸時代で「男山」は【下り酒】(上方から江戸へくだって輸送した酒)ブームが興り、元服の御膳酒の定番酒や江戸幕府の官用酒『御用酒』となったのです。そして「男山」は歌舞伎や浮世絵などでも取り上げられ、例えば喜多川歌麿の「名取酒六家選」という浮世絵に描かれているとか。この浮世絵をネット検索してみましたが、見つけることは出来ませんでした。なお酒造のホームページに掲載されている浮世絵の資料を再掲します。   ではなぜ「男山」という銘柄が、摂津伊丹の【木綿屋山本本家】から北海道旭川の【山崎酒造】、そして【男山酒造】に継承されたのでしょうか?    それは江戸時代後期、灘酒のブームによって「男山」は人気が凋落、【木綿屋山本本家】は明治初頭に廃業してしまいました。その後1899年(明治32年)に旭川で創業した【山崎酒造】が山本本家の末裔を探し出し、「男山」の銘柄を使うことを許諾してもらい、その後正式に継承したのを契機に1968年に【男山酒造】(正式名称は男山株式会社)に社名変更したのです。「男山」という銘柄は、江戸時代から続く超有名銘柄なので、このような形で現代に継承されたのは喜ばしいことです。

Otokoyama03 ところで「男山」の特徴はなんでしょうか?!先ず第一に北海道産の酒造好適米を使っていることです。北海道産の好適米は「初雫」とか「吟風」がありますが、どの好適米が使われているかは記載されていません。次は仕込み水で、これには大雪山の伏流水が使われています。そして最後は旭川という北海道のど真ん中にある盆地の冷涼な気候風土です。  こうした条件がそろった「男山 北の稲穂 大吟醸」はどんな味わいでしょうか?早速試してみました。酒造によると常温と冷酒がお勧めなので、先ずは常温で飲んでみました。やや酸味を感じる香りがして、口当たりは優しくまろやか。口に含んでいると辛口の酸味が出てのど越しに辛口の余韻が残りました。次に冷やして飲んでみました。控えめの吟醸香がしてやや甘みも感じました。冷酒で口当たりが良いため、ついつい盃を重ねて酩酊してしまいました。

 

[メモ]16度、米(国産)、米麹(国産米)、北海道産酒造好適米100%  醸造アルコール、精米歩合40% 男山株式会社 北海道旭川市永山2条7-1-33

     

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