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ウィスキー・竹鶴17年

Taketsuru17ほんとに久し振りにウィスキーを飲みました。
私は焼酎を中心にワインと日本酒を飲んでいて、ウィスキーは滅多に飲みません。特に嫌いという訳ではないのですが、なんとなく遠ざかってました。それが今回「竹鶴 17年、ピュアモルト」を飲んでみました。「竹鶴」はいわずとしれたニッカウヰスキーの創業者・竹鶴政孝氏の名前から取ったものです。

竹鶴正孝は広島県竹原市の造り酒屋の三男として生まれ、就職した摂津酒造(大阪)からウィスキーの製法を学ぶため単身英国・スコットランドに派遣されます。そこで政孝はリタに出会い恋に落ち、双方の家族の反対を押し切り1920年に結婚します。翌年二人は帰国しますが、当時の日本は不況の真っ只中。本格ウィスキー作りに取り組む余裕は無く、政孝は中学で化学を教えリタは英語やピアノを教えてしのぎます。1923年政孝は壽屋(現サントリー)に入社、京都・山崎に日本初のウィスキー蒸留所を建設しますがなかなか売れず、結局退社し1934年に北海道・余市に大日本果汁を設立。仕込んだウィスキーが熟成するまでの間りんごジュースなどの販売でしのぎ、創業6年後に第1号ウィスキーを発売します。名前は、社名の一部をとり日果(=ニッカ)から「ニッカウヰスキー」としたとのことです。
こうして竹鶴政孝はウィスキーの発売にこぎつけたわけですが、私は二人がウィスキー作りに取り組んだ時代に着目します。それは日本が大正から昭和にかけて不況、満州事変、太平洋戦争へと突入していく激動の時代でもありました。特に戦争中は『鬼畜米英』とのスローガンのもと激しい外国人排斥が行われたそうですから、リタもそうした対象になったであろうことは容易に想像できます。そうした厳しい状況にあってもリタは献身的に政孝を支え続けたのです。
1961年、リタは65歳で亡くなります。その時政孝は号泣したそうです。政孝にとってリタは最愛の妻であると同時に苦しい時代を共に歩いた同志であったのでしょう。片腕をなくした政孝は悲しみを抑えてウィスキー作りに取り組み翌年「スーパーニッカ」を完成させ、これがヒットし会社の経営は軌道に乗ります。

こうした二人の物語を思いながら「竹鶴17年」をロックで飲みました。豊かな香りとまろやかな味わいは、苦労してウィスキー作りに取り組んだ竹鶴政孝とリタの想いがこもっているように感じました。
なお二人の物語は、「愛の旅人」(朝日新聞、2006年10月21日)の記事を参考にしました。

[メモ] 43%、ピュアモルト
     ニッカウヰスキー株式会社
     竹鶴正孝とリタを紹介するウィスキー博物館のURLです。
     http://www.nikka.com/know/yoichi/amber/index.html
     

  

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